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京つけもの(漬物)の歴史について。始まりはいつから?発祥を解説

 

普段、食卓の中でなにげなく食べているお漬物。

 

実はそんなお漬物がはるか昔から存在している食べ物であると知っている人はあまりいないかもしれません。

 

漬物の歴史は古く、現代においても多くの人に愛されている食べ物です。

 

特に京都府は「京都といえばお漬物、お漬物といえば京都」と言われるくらい、お漬物とゆかりのある地域です。

 

そこで今回は「お漬物の歴史について、始まりはいつ頃からなのか?」発祥などについて説明していきたいと思います。

漬物の歴史について

 

現代ではたくさんの方は毎日の食事で食べているお漬物ですが、一体いつ頃から食べられるようになったのでしょうか。

 

その歴史について考えてみると少し気になってきますよね。

 

各時代においてお漬物として食されてきた変遷について見ていきたいと思います。

 

 

原始時代から食材の保存として塩が利用されていた

 

現代において野菜を塩漬けにして食べるというお漬物の食べ方がありますが、実は原始時代からすでに人間は「海水から塩を取ることができる」という事を知っていました。

 

また塩を使って肉や野菜などの食べ物を長期間保存できるということも知っており、大和時代の古い記録には「実際に塩で食材を保存していた」という記録も残っています。

 

漬物も塩漬けとして食べる文化が現代にもあることから、漬物としてではないですが「食材を塩につけて保存する」という文化が遥か昔から根付いていたということが分かります。

 

そのため、原始時代から漬物の歴史にかかわるような食文化があったともいえます。

 

 

本格的に漬物として食べられるようになったのは「奈良時代」

 

実はお漬物が、お漬物として食べられるようになった時代は、「奈良時代」が始まりであるとされています。

 

奈良時代は西暦でいうと710年〜794年までの時代を指します。

 

つまり約1,300年も前から「お漬物の歴史」が始まったということになりますね。

 

奈良時代では、寺院の僧侶の食事・食べ物として野菜や果物が塩漬けにされた漬物が食べられるようになります。

 

その際に用いていた野菜や果物は、ナスや瓜・モモなどの食材が塩漬けにされていたようです。

 

 

漬物が副食として本格化した平安時代

 

奈良時代が終わりを迎え、平安時代になると漬物の食文化は浸透し「副食の食べ物」として本格的に食べられるようになっていきます。

 

平安時代中期に編纂された格式で律令の施行細則をまとめた法典である古代の史料「延喜式」の中には漬物に関する記録が多数残されています。

 

延喜式の中には、平安時代にさまざまな種類の野菜が漬物として食べられていたとされています。

 

その数は約50種類以上にもおよび、かぶらや茄子・冬瓜・大豆・蕨(わらび)・にんにく・柿・梨など多種多様な野菜や果物が漬物として食べられていたとされています。

 

また野菜の漬け方に関しても、糟漬・醤漬(ひしおづけ)・ 須須保利漬(すすほりづけ)など、さまざまな野菜の漬け方がされていました。

 

このように平安時代になると漬物が本格的に副食として食べられるようになっていきます。

 

ですが平安時代では漬物は超高級品として扱われており、実際に漬物を食べることができたのは一部の貴族など身分が高い者だけだったのです。

 

 

多くの人々に食されるようになった鎌倉時代

 

鎌倉時代〜室町時代になると、貴族だけではなく一般庶民の間でも食べることができるような食材となり、一気に漬物の需要が上がります。

 

その理由として鎌倉から室町にかけて「茶の湯や聞香(もんこう)」が発達にしたことによって、繊細な漬物の香りや味わいを楽しむ人々が増えたことで一気にブームとなったと考えられます。

 

 

漬物のバリエーションが増えた江戸時代

 

江戸時代になると、漬物はすでに多くの人々に認知される食べ物として確立されており、庶民的な食べ物として食卓に出されるようになります。

 

漬物の野菜の種類はさらに増え、漬物の作り方も工夫されるようになってきます。

 

それまでは漬物は長く漬けることで美味しい漬物となるという貯蔵を目的としたなごりがありましたが、江戸時代になると短期間漬けて食べる「当座漬け」なども作られるようになります。

 

このように漬物の作り方やバリエーション、野菜の種類は増えたのも江戸時代以降となります。

 

 

京つけものがブランドとして確立された理由

 

京都は寺院などが多い点や、盆地で野菜の栽培に適していたことから漬物の食文化が長く、京都の漬物は特にみずみずしく美味しいと認知されるようになりました。

 

そんな京都の漬物の伝統を守るため、明治41年に現在の京都漬物協同組合にあたる京都漬物業組合が発足されます。

 

その後京都漬物協同組合によって、京都府産の野菜から作られたお漬物の事を「京つけもの」というブランドとして商標登録がされました。

 

その中でも「千枚漬」「すぐき漬」「しば漬」が三大漬物として名品となっています。

 

 

当店「ニシダや」について

 

当店はお漬物専門のお店です。

 

ニシダやの創業者である辻村安右衛門は、明治44年8月10日、滋賀県野洲郡中主町にて小作農の長男として生まれました。

 

9歳の時に両親と死別した安右衛門は、 京都東山今熊野神社前にある「西田青果店」に丁稚奉公に出ます。

 

そして昭和11年 27歳の時、青果業以外の商いをする約束で暖簾分けの許可をもらい独立、「西田青果店」の「西田」を継承して「ニシダや」を創業しました。

 

安右衛門は漬物業を主に研究を重ね、その中でオリジナル商品「しば漬風味 おらがむら漬」を完成させました。

 

これは大原名産のしば漬にヒントを得て、本来茄子が主であったものを胡瓜にチェンジさせたお漬物で、今ではニシダやを代表する商品となっています。

 

当店自慢の伝統商品になりますので、ぜひ一度ご賞味いただけると嬉しいです。

 

ニシダヤ公式通販サイトの商品はこちら

 

 

京つけものの歴史のまとめ

 

今回は「京つけものの歴史」について、漬物発祥の歴史も交えて各時代の変遷と京つけものが確立されていった経緯について解説しました。

 

京つけものはとても繊細で野菜本来の旨みや甘みを最大限に活かした優しい味わいと香りが特徴的です。

 

普段食されている漬物とはまた違う美味しさをご堪能いただけます。

 

今回の記事で京つけものに少しでも興味をいただけた方は、ぜひこの機会にご賞味くださいませ。